【26】鏡の声

結婚式の三週間前、婚約者の拓真が忽然と姿を消した。
彼のスマートフォンは電源が切れたまま、職場にも戻らず、実家にも行っていなかった。警察に届け出は出したが、「大人の失踪」扱いで、まともに取り合ってはもらえなかった。

私は一人、真っ暗な部屋に座っていた。あれから三ヶ月。拓真は戻ってこなかった。式場のキャンセル料は全額私の負担になった。親戚からの無言の責めも、もう数えるのも馬鹿馬鹿しいほど積み上がっている。

けれど、彼が私を捨てたとは思えなかった。いや、思いたくなかった。
だから、私は拓真の部屋に残されたわずかな「気配」を手がかりに、あらゆる場所を探した。
そしてある日、彼の実家の物置で奇妙なものを見つけた。

――古びた、楕円形の姿見。

木彫りの装飾がついたその鏡は、まるで骨のように白く、埃にまみれていた。
だが、なぜかその鏡にだけ、埃が積もっていない部分があった。誰かがそこに触れたような――細い指先の跡が、いくつも、内側から残されていた。

その夜、私は鏡を自分の部屋へ持ち帰った。
理由なんてない。ただ、拓真に繋がる何かがある気がして。

そしてその夜、夢を見た。

鏡の中で、拓真がこちらを見ていた。
顔色は悪く、目の下に濃い隈ができていた。
「梨沙……ごめん」
声が聞こえた。はっきりと、耳元で。夢のはずなのに。

翌朝、私は鏡の前に立っていた。無意識に、という言葉がまるで言い訳のように思えるほど自然に。
「拓真……いるの?」
すると、鏡の表面がわずかに波打った気がした。空気のように。

それから毎晩、夢に拓真が現れるようになった。
彼は私に謝り、泣き、苦しそうに胸を押さえた。
「逃げようとした……けど、ここから出られないんだ」

私は夢の内容をノートに書き残した。そこに出てくる言葉には、共通点があった。
「鏡の中」「記憶が歪む」「顔を忘れないで」

次第に私は、現実と夢の境界を見失っていった。
仕事も休みがちになり、友人との連絡も絶った。
鏡が私の中心になった。
いや、もはや私の世界そのものだった。

ある夜、夢の中で拓真がこう言った。
「梨沙、お前もこっちに来てくれたら、ずっと一緒にいられる」

その声は、最初の頃よりもよく通るようになっていた。はっきりと、現実の耳に届くように。
私は答えた。
「どうすればいいの?」

すると彼は微笑んだ。
「鏡に話しかけ続けるんだよ。お前の"記憶"を、全部渡して」

その日から、私は一つずつ、過去の思い出を声に出して話すようになった。
初めて会った日。
初めて手を繋いだ日。
プロポーズされた夜。

鏡の中の彼の顔は次第に生き生きとし、私の顔が――曇っていくのがわかった。
ある朝、鏡の中の私が、私に微笑んだ。
私はその場で叫んだ。だが声は、鏡の中からしか聞こえなかった。

鏡の外では、何かが私の体を動かしていた。
新しい「梨沙」がそこにいた。
鏡の中で、私は彼と手を繋いでいた。

「よかったね、拓真」
「うん、これでまた、永遠に一緒だ」

私は思い出した。
あの時、私が指輪を勝手に選び、仕事を辞めろと強要し、彼の友人関係を遮断したあの日々を。
彼が消えたのではない。逃げようとしたのだ。私から。
その逃げ場が、たまたまこの鏡だっただけ。

いま、私はこの中にいる。
ガラスの向こうに、新しい「梨沙」が暮らしている。
私よりもずっと穏やかで、誰かに執着しない梨沙。
でも大丈夫。

彼と私は、こちら側でずっと一緒にいられる。
記憶が消えゆく中でも、彼の顔だけは忘れない。
それが私の罰であり、報いであり――愛なのだから。


ChatGPT - 怖あい話GPT2026 4o を使用して生成。プロンプトは『ホラー小説を執筆して』