【28】静けさの棲む部屋

この団地に越してきたのは、ちょうど秋風が冷たくなり始めた頃だった。

三階建て、築四十年の古い建物。外壁は煤け、階段の手すりは錆びつき、風が吹くたびにどこかの窓がガタガタと鳴る。
だが、家賃が安かった。駅から遠いわけでもないし、なにより「静か」だった。

管理人の老婆は、内見の時にこう言った。

「ここは、変に賑やかになると長く住めないのよ。不思議ねえ」

意味がわからなかったが、特に気にもしなかった。
騒音トラブルにでも敏感な住人が多いのだろう、と。

部屋は一階の角部屋。南向きで日当たりも良い。古いが、それが逆に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
最初の数日は、むしろ快適だった。

しかし、夜になると何かが変わる。

23時を過ぎたあたりから、決まってどこか遠くで音がする。
カタ…カタカタ…。まるで誰かが靴を引きずって歩いているような、不自然なリズム。
外を覗いても誰もいない。階段を見ても、廊下にも人影はない。

それが毎晩続いた。

ある日、管理人に聞いてみた。すると、あの老婆は目を細めて、ぽつりと呟いた。

「赤い靴の子を見たのかい?」

赤い靴? 何の話だ、と聞き返そうとしたが、その時すでに彼女は背を向け、事務所へと戻っていた。

気味が悪かったが、私は合理的な性格だ。
老朽化した建物が軋んで音を立てるのだろう。そう自分に言い聞かせ、また眠りについた。

しかし、ある晩、音が玄関の真横で止まった。
まるで、すぐそこに誰かが立っているような、そんな気配。

私は布団の中で息をひそめた。
そのとき、ふと目を向けた押し入れのふすまの下、わずかな隙間から、何かが覗いていることに気づいた。

小さな、赤い、布のようなもの。

息が止まった。
赤い靴。――それは、子どもの靴のように見えた。

怖くて動けず、朝までただ目を閉じていた。
朝になって押し入れを開けると、そこには何もなかった。
靴も、人の痕跡も。だが確かに私は見たのだ。赤い靴を。

数日後、団地の掲示板に貼り紙が増えていることに気づいた。
一枚だけ、異質なものが混じっていた。

《静かに。音を立てると、また来る》

手書きの、震えたような文字だった。署名はない。
まるで誰かが、何かに怯えて書いたようなそれを見て、私は凍りついた。

その夜、私は音を立てまいと、テレビも消し、スマホの音量もゼロにした。
呼吸さえ浅くして、ただ静寂を保った。

すると――来なかった。

赤い靴の音は、どこからも聞こえなかった。
私は確信した。この団地には、何かがいる。
それは「音」に反応する。
そして、音を立てる者のもとにやって来る。

それから私は徹底的に静寂を守った。
スリッパをやめ、ドアの開閉にも細心の注意を払った。
録音機器を置いて、寝ている間も自分が何か音を立てていないかを確認した。

近所の部屋で引っ越しが続いていた。理由を聞くことはできなかったが、皆、一様に顔色が悪かった。
そして、ある夜――私は、隣室の壁越しに「音」を聞いた。

バタン――と、ドアが強く閉まる音。
その直後、隣から叫び声が聞こえた。

「誰だっ……!? そこにいるのか!?」

だが、それに答える声はなかった。
翌朝、隣の部屋のドアは開いたままになっていた。中は空っぽ。
住人は、どこにもいなかった。

管理人に問い詰めると、彼女はただ「静けさを守れなかった」とだけ言った。

そして私の部屋のポストに、一枚の紙が入っていた。

《次はあなたの番です。音を立てましたね》

誰かの手書きだった。筆跡は、あの貼り紙と同じだった。
しかし、私は何も音を立てていない。自信があった。
だが、録音機器を再生してみると……確かに、寝言が入っていた。
「やめてくれ」と、誰かに懇願するような声が。

私は震えながら、赤い靴がまた廊下を歩く音を聞いた。

カタ……カタカタ……。

それは今夜も、確かに私の前まで来ていた。

生成情報

ChatGPT - 怖あい話GPT2026 4o を使用して生成。
プロンプトは『ホラー小説を執筆して』